臨床研修中に病院を辞めた話

医学部生の頃からよく言われる話ですが医師の世界は縦社会です。
縦社会というと旧態依然の悪い体質のような感じに見受けられがちですが私自身は縦社会は肯定派です。
それは人の命に関わる医療行為の中で多くの不確実性の中で、自分で判断しなければならないことを経験の中で教えて頂ける存在は(生身の患者さんで試すわけにもいかないので)とても有り難いからです。もちろん、立場が上だからと、自分を誇示するためだけに下の者を利用し、非効率な事を押し付けるだけの方もいらっしゃいましたが、多くの方々はわからないことや出来ない事を一手間二手間増えてでも教えて下さり、心から尊敬していますし、感謝しています。

ただそれでも病院を辞めるという判断をしたのは、医療人として生きていくには上下関係を大事にしなければならないということは承知の上で、人として生きていくにはそれ以上に、「信頼」を大事にしなければいけないと常日頃から感じているからです(普通に考えれば当たり前のことだと思うんですが、この当たり前のことを言うと不思議がられることが多かったのであえて文章にしてみました)

病院を辞める過程で、なるほど医療界で上に何かを言うというのはこういうことなのかと妙に納得した点と、おそらくこうした上と下の関係が見直されることが今後、各地で起きていくのではないかなと思いますので、一つの参考にして頂ければと思います。参考のためであって、特定の病院や人物を中傷したい意図ではなく、またあまり長くしても伝わらないので(いやそれでもめちゃめちゃ長いですけど)、なるべく事実に基づいていますが、解釈に困らない範囲で修正を加えてますので悪しからず。

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1.不義

ほけーっと半年ほど病院に勤めて、医療人として大まかな流れもつかめるようになったわけですが、いかんせん勤めている病院の特性上、一般的な初期研修医としての技能が身につかないので2年の間の研修中に1年以程度、外病院に行くわけです。それでも給与は自院で出し続けるとちょっと不思議な制度でした(場所にもよりますが厚労省が研修医一人あたり諸々含めて病院に月額20万程助成されてるような理由もあると思いますが)。そして外病院に行く前にあることに気づきました。

あれ?救急枠なのに、救急科じゃなくて、通常業務時間は普通の診療科で救急の診療って当直のこと?それじゃ出来る限り当直入るか。あれ?「残業代」と「当直稼働手当」が例外なくつかない。これまずくね?病院が提示しているプログラムなのに、これだったら募集要項に書いてある基本給与にすら全然届かない(私が辞めると決まった後にちゃんと書かれるようになりました。)これだけでも抗議する意味があるわけだけど、一番気になったのは担当の先生に頼まれて、後輩たちに病院の紹介をしたのに、説明の内容に嘘があるじゃん。ということを当時の秘書さんに言うと秘書さんも困り顔。でも病院がきめた以上そうなってしまうと。いやいやそれはまずいよと。人を紹介してってたのんでおいて嘘をつくってそんな不義は人としてだめだよと。そうすると秘書さん、それじゃ、院外当直手当(1日どんだけやろうが一律1万5千円)があるから、それでなんとかしましょうと。どうせ出来るかぎり当直に入るんだったら、それで辻褄を合わせましょうと。

それで、外病院で特に人が来る時間帯に当直に入ってそれを書いてみたら、案の定0。院外当直手当すら0。秘書さんがこのタイミングで交代したってこともあり複雑になりそうだったので直接、臨床研修担当の先生へ電話。

「これは一体どういうことでしょう?」
『君のせいで受け入れ来年度のそこの病院、受け入れ停止になったんだよ。』『君なんで皮膚科をそこで選択したの』『でも君は頑張ってるようだから当直4回分は認めてあげるよ。』
「何をおっしゃってるんですか?受け入れ停止は来季研修医がフルマッチになったからと聞いています。ここだけでなく◯◯大からの受け入れもやめていると聞いています。」「皮膚科を選んだのは当院での初期研修医の仕事がそういうことしか任せてくれないからですよ。そもそもそのプログラムを提示してきたのは当院ですよね?」「それでも基本給与に届かないですよね?そんなありきたりなエセ交渉術みたいなことやめて頂けますか?」
等々。あとは言質だけは取られたくないとしか思えない硬化した担当の先生の態度に話が進まず。

とりあえず、研修先の外病院の責任者の方にこのことを伝えると「君のせいで受け入れを止めたなんてとんでもない。単純に受け入れ停止はフルマッチしたのが理由だ。」とそして自分の知らないこともあるかもしれないからと周りにもわざわざ聞いていただけると。そして「周りにも聞いたがむしろ良くやってるときいてるし、何も改める必要もないと思うよ。」と。感謝の意を伝えるとともに、心の火が着火。

この結果をメールで伝えることに。加えて金の多寡の話ではないこと、信頼を裏切るような真似はだめですよ、と伝えても話が進まず「法や論破で使うために」ではなく「信頼のためのコミュニケーションのためにメールをしているのですが」と書いたが話が進まず。結局、そのような不義を改めることがなければ、私が代わりに後輩たちに嘘をついた責任をとってこの病院を辞めますと。直接話をしようとメールの返信あり。外にいたため、2ヶ月後面談。

2.どん底まで突き落とす

さらに上のB先生と合わせて3人で面談。そこで例の先生が
『色々考えてみたけど、君には退職しもらうことにしたよ。』『何か言いたいことは?』
「いや、特にないですが、退職時期は私で決めて良いですか?」
『きみの好きなように』「じゃあ3月にしようと思います。」『わかった』
と、なんの議論もなく退職することに。不義を改めることなければ、辞めるといったのは俺のほうだし、しゃあねえなと家にある三日前に買った65インチのスマートビエラに思いを馳せる。

このことが周りにも伝わったのか、とある先生から、例の先生がどん底まで突き落とす、というような発言しているみたいだからさっさ謝ってこいよ笑との助言が。
たかが研修医相手にムキになるってどういうこと?と思いつつふと、どうやってどん底まで突き落とすのだろうと純粋に興味がわいた。研修医は立場こそ最弱だけどもそういう人間はむしろ立場がないが故にいざ突き落とそうとすると、なんらかの犯罪(盗聴・盗撮・暴行など)じゃないと難しいんじゃないかなと。この頃から妙に背後を気にするようになる。

後日、話が決まったはずなのに再度、当日急に例の先生から呼び出しが。行ってみて少し驚いたのが、前回のB先生に加えてさらにお偉い方が一名加わっていた。さらにその発言に驚いた。
『君は法令違反と服務規律違反で解雇することにしたよ』
「どういうことです?」
『まず、法令違反として君は1年目にも関わらず皮膚科を選択した。これは法令違反だ。厚生局にも指導された。指導した人を紹介してもいい。そして服務規律違反は皮膚科を選択するにあたり、B先生に報告しなかった。これが服務規程違反だ。』
「はぁ、本気でおっしゃってますか?」
『本気だ。』
「解雇でも構いませんが、このような圧迫面接のような形で妙な言いがかりをつけられての解雇は本意ではありません。まず皮膚科を選択してはいけないという法令は知りません。全て秘書さんに任せていますし、秘書さんの確認は取れています。法令違反があるのかもしれませんが、その事実を知らずに私にプログラムで提示したこと、了承したことはむしろ病院の不手際で、私に謝罪する理由はあっても私が謝罪しなければいけない理由にならないと思いますが。」
『秘書にいえば全部大丈夫だと思うなよ!』
「何をおっしゃってるのですか!あらゆる臨床研修の業務をプログラム責任者に代わって代行しているのが秘書でしょう。そういうのはプログラム責任者が全ての臨床研修プログラムをご自身で遂行してからおっしゃってください。また他の研修医も同様に秘書に伝えていると聞いています。」
『いいや他の臨床研修医たちはB先生か私に自分で伝えている』
「はぁ。先生でもよろしいのですか。話がまた変わりましたね。わかりました、それじゃそれを理由に解雇にされてみてください」
『いや解雇は君の経歴に傷がつくから、私が会議でお願いして自主退職できるよう上にはお願いしたよ。ただし明日からこないで。2月いっぱいまでの給料は出してあげるから』
「何を言っているのです?私はお金のためだけに研修しているわけではないのですが。今の研修科の先生方にも沢山のことを教わっている途中です。もし病院に何かしらの迷惑をかけているのなら私の方から謹んで辞職させていただきますが、とてもそうは思えません。余りにも釈然としないことが多すぎます。それでも辞めろというのなら解雇にして下さい。」
『解雇って言葉は重いよ。君は将来があるのだから自主退職にしなさい。』
「はは、解雇で結構ですよ」

実はこの時もう一つの部屋で1年目と2年目の研修医が集められていることを知っていた。もう、ここで私に辞めると言わせて、研修医の前で辞めると言わせて、有無を言わさず辞めさせる算段がついていたっぽいのだが、私に内緒でそんなことが出来るわけがなかろうにと少し哀しい気持ちであった。後日『君の経歴に傷をつけたくないから、やはり3月でいいよ。ただし3月31日付の辞表をいますぐ出して』となり色々突っ込みどころ満載のまま辞表を出すことになった。

3.どん底まで突き落とす(2)

新しく4月からどこか行くとこ探さなきゃいけないなあと。ただ臨床研修を1年でやめるやつなんてのはやべーヤツとしか思われないからなー。そうだ、紹介してもらおうということで近くの病院で初期研修してた先生にこんな状況だけど、紹介してもらえませんかと。するとお前はいうて面白くて働くヤツだからと快くOKもらって、今の臨床研修担当は自分の知らない先生やからどうなるかわからんけどもと言われて、1週間ぐらい待つことに。

返事が来た。「ダメだって。調査したら君の評判が著しく悪いって言われたらしい。」もちろん、断る理由なんて社交辞令が多いわけだけども「評判が著しく悪い」ってわざわざ伝えるにはちゃんと調査してくれた結果なんじゃないかとちょっと不思議に思っていたら、かなり上の方の先生に当直の夜に急にピッチで「ちょっといいか?」と呼ばれた。

「最近妙な噂を聞いたんだが」
「何でしょう(病院を辞めるってことかなあ?)」
「そうだなあ、色々聞いたなあ。
①外来の看護師を怒鳴り散らしている。
②双極性障害と院内の精神科の先生に診断された。
③九大の教授を殴った。
④外部研修中に勝手に休み、厚生労働省に病院にとって都合の悪い事実を伝えた。
⑤超過勤務手当を不当に騙し取っている。
これを聞いて驚いたが、実際にお前のことはよく知らないが日頃のお前の働きぶりみてると、看護師ともうまくコミュニケーションとってるし、普通のよく働く優秀な研修医でしかないように思えるんだが、この噂は本当か?」
「ええー><、違いますよ笑。九大の教授殴ったら卒業できないじゃないですか笑」
「院内の精神科の先生とお会いしたこともないですし、躁はあるかもしれないですが、鬱なところはまずないです笑 私の知らないところで診断されたんですかね。そうだとすれば私の院内カルテに載ってると思いますが・・・やっぱりないみたいですね」
「それとまだ一度も厚生労働省に行ったことないんですが」
「あと超過勤務手当はうちの病院はどんなに残業して記録しても30時間以内に勝手に削られてしまいます。だから不当にとろうとしても無理です。事務で不当に削られてしまうんですから。ただその分、診療時間とか患者名とかを適当に書いてしまうことがあるのでそれはあるかもしれませんが、不当に騙し取っているかといわれれば書類上はそうかもしれませんが、実質はむしろ労働力の搾取に近いと思います。」
「でも最近近くの病院に申し込みをしたら著しく評判が悪いと言われましたがその理由がわかった気がします」

後の調査で、どうも臨床研修会議の上層部内の話で研修医を辞めさせるときに例の先生がそのような説明をしていたということになった。なるほど、研修医をどん底に突き落とすというのはこういうことかーって。知らない人が多いところでその人の噂を流せば火のないところに煙はたたず作戦でそれが事実になるってことかー・・・・そしたら周辺地域では二度と研修が出来なくなって医者としても認められなくなるってことかー・・・だから今すぐこないでって言ってたのかー、事実にしてしまうために。ガッテン。そういう発想って人間関係を利用しようって思ってる人のやり方だなーと。人は利用するものじゃない、愛するものだよ。きっと。

4.厚生労働省

噂の中で気になっていたのが④の噂。①②③⑤は会議でこいつはやべーやつだから辞めさせようって思わせる意図で、決して臨床研修担当の自分の責任ではないって仰りたい気持ちは分かる噂なわけだけども、④は毛色が違うように思えた。何か最近病院に起きたことがあるんじゃないかなと。まるでスケープゴートにされてるような噂だなと思い、ちょっと調べてみた。どうやら最近癌認定なんたらの申請が棄却されたとかは出てきたがどうも研修医の解雇と結びつかない。ということで厚生労働省に行ってみた。厚生労働省は比較的敷居が高いように感じるかもしれないが、九大のOBも複数勤めていて、臨床研修担当の技官の方もOBであるので九大生は比較的気軽に聞けるとは思うし、実際に親身になって様々な疑問に答えて頂いた。

色々聞いた結果、最近病院から誰かが来たという事実はないとのこと。また臨床研修についても興味深い話を複数聞けた。
どうも1年時に皮膚科を選択してはいけないという法令は存在しない。
研修医を辞めさせるには随分おおげさな話だなと、地方の厚生局にも話を聞くといいということで厚生局へ。

「はじめに断っておきますが、私は個人的には病院と連絡をしていません。」
「(めちゃめちゃ癒着してます的な前フリですけど・・・)。お聞きしたいのですが、最近、私の病院から誰かいらっしゃいましたか?」
「そのようなことはないですが」
「ありがとうございます。もう一つお伺いしますが、最近私の病院に指導にいらっしゃいましたか。」
「行きました。アンケートにて皮膚科を回っている研修医がいるとわかったので、1年時に皮膚科を研修している研修医がいるがこれはどういうことなのかと」

ああ、なるほど。ここで思い出したのが、外病院にいるときに、厚生局から研修医全員に対して現在の臨床研修についてのアンケートが回ってきたため、それに対して現在までの研修のコースを書いたのだった。

「どういうことと申されますと?1年時に研修医を皮膚科を研修してはいけないという規則はないはずですが。」と言うと急に激昂されて
「あなたは救急枠でいったのにも関わらず皮膚科を研修したのですよ!」
「ん?ちょっと待ってください。私は病院から提示されたコースから選んだだけですよ。そもそも救急枠で皮膚科を研修してはいけないということがあるんですか?」
「救急枠で皮膚科ですよ!!」
「いや、救急枠で皮膚科を研修してはいけないということがあるんですか?」
「・・・病院が皮膚科を救急の一環だと認知しておれば結構です」
「なら指導される意味なんてないじゃないですか。病院が私のせいで指導されたといっていますが。」
「あなたは病院が皮膚科を救急の一つとしていないという意向に沿わず、皮膚科を選択したのですよ!それがまずいと言っているのです!!」
「うん?どうして病院側に立っているかのような発言をされるのです?病院が私に提示してきたものを選んだと言っているのですが。病院も厚生局から厳しく指導されたと言っており、別に病院から厚生局に研修医が指示に従わずに困っていると言われたわけではないでしょう?」
「言った言わないは信じられない。とにかく病院の意向に沿わず救急枠で皮膚科を選択したのがマズイっていってるんですよ!」
「・・・・。」

この点に置いては話の進展はなく。
結局、臨床研修中断証を発行してもらい次の病院を探すというのを進めていくという手順を確認。
もしかして「厚生労働省に都合の悪い事実をもらした」って「皮膚科を研修したことを厚生局のアンケート調査に書いた」ことかな。すごいな、厚生労働省が大丈夫と言っているのに、わざわざ問題にしたのは厚生局だろうか、病院だろうか・・・。どちらにせよ、すっごいちっちゃな話になってしまったなと安堵とともにちょびっと落胆。

5.信頼

この後も勤務は継続することになりますが、最初は特にあまり関わらない上の先生方を中心に奇異的な目で見られることも多かったです。次第にむしろ以前よりも温かい対応をしてくださる方も増えて、中には「是非、この労働環境を厚生労働省に行って解決してくれ!お前には期待してるぞ!」と激を飛ばしてくださる先生もいらして、嬉しい反面、やはり事実がすこしねじれてしまった感もあり、まるで自分が厚労省行く行く詐欺をしているようで心苦しく思うこともあるくらいです。

また目立たないところでも特に関わることの多い下の先生方を中心に励まして頂き、色々と病院を紹介して頂きましたが、結局最初に決めたところに行くことにしました。これまた面白そうな異名を持つ病院で、福岡にいた時は全く知らなかった病院です。今いるところからは車で1時間といったところでしょうか。車も購入しました。

向こうの病院の責任者の方も私を全面的に信頼してくれるとおっしゃって頂けたので(紹介してくれた人が信頼できる人だからということですが)やはり、信頼というのが一番大事だなぁと思うとともに、その信頼に応えるようにちゃんと働こうと気負わないぐらいに思った次第です。

病院を辞めるというとどうしても陰鬱な印象を与えてしまいがちですが、私にとっては親身に相談に乗って下さった先生方やこれまで色々と教えて頂いた先生方に深く感謝していますし、次に行く病院でも、今いる病院では出来ないようなことも出来ると思いますし、なにより今自分の頭の中にある仮説を検証できる格好の場でもあるので個人的に陽気な感じで辞める予定です。終わったあとならなんとでも書けるなぁと思ってこの記事は辞める1ヶ月前に書いてます。ただ一ヶ月後も同じことが言える自信があります。

ということで、上下関係を遵守せずに職を失っちゃったけどどうにか新しい職場を見つけたというお話でした。一見すると職を失うということは衝撃的な事のように感じるように思いますが、信頼を失うことの方がずっと重大なことだと思います。職なんて、信頼を積み重ねていけばなんとでもなると思っているのは私がまだまだ甘ったるい世界にいるからでしょうか。出会った方々に感謝しながら、また新しい場所を楽しみたいと思います。

P.S.
現在の臨床研修の制度についても分かっている範囲で書こうと思いましたが、臨床研修をちゃんと乗り切ってから書こうと思います(まだその時に誰もわかりやすくまとめてなかったらですが)。